星食観測の意義
星食とは
月はおよそ27日で地球を1周しています。そのため、地球上から見たとき、星空をゆっくりと移動しています。月が恒星などの前を通るとき、その恒星を隠すことを、掩蔽(星食)といいます。
星食観測と精度
月が恒星を隠すとき、恒星が急に消える様子を観察できます。また、月の縁から出現するときも瞬間的に現れます。これらの瞬間には、観測者と月縁、そして恒星が一直線上にあることになります。このことから、天球上における恒星と月の相対的な位置を知ることができます。星食観測では、恒星が消える(現れる)瞬間の時刻を測定します。時刻測定の精度が高いほど科学的な価値が高まります。では、どの程度の精度が得られるのでしょうか。ここでは眼視観測とビデオ観測について説明します。なお、以下の文章に出てくる「1秒角」というのは、「角度の1度」の1/3600です。
眼視観測は、望遠鏡で恒星を観察し、消えた時刻を時報などと比較して求めます。アマチュアの所持する望遠鏡で観測でき、慣れれば数分の1秒の精度で時刻を測定できます。ここで仮に1秒の精度での眼視観測が行われたとして、月は天球上を1秒間に約0.5秒角進みますので、眼視観測は角度にして約0.5秒角の精度を持っていることになります。天文台で恒星の位置測定に用いられる子午環という装置でも精度は0.1秒角です。熟練した観測者ならば、眼視観測でも子午環と同程度の精度となります。このことから、星食観測は簡単な機材と方法でありながら、高い精度を得ることができることがわかります。
ビデオ観測は、望遠鏡に取り付けたビデオカメラからの画像を正確な時刻とともにビデオレコーダーに記録して時刻を求めます。ビデオは1秒間に30フレームを記録しますので、現象時刻が1/30秒の精度で求められます。これは角度にして0.017秒角(フィールド単位の解析の場合は、0.008秒角)となり、たいへん高い精度の観測ができます。
双方の観測に共通することは、現象の起こる瞬間の前後数分間だけ望遠鏡を覗くだけ(あるいはビデオで前後30秒ほどを撮影するだけ)という簡単な観測であるにもかかわらず、たいへん価値ある成果が得られる、ということです。赤道儀の極軸設定も、眼視観測用の精度で充分ですし、ガイド装置なども必要ありません。月の近くですから導入も容易です。予報に基づいて観測しますから、観測計画も立てやすく、ダイナミックな現象ですので、見ていてたいへん楽しいものです。
星食観測の意義
このようにして星食観測により得られた結果は、どのようなことに役立つのでしょうか。
まず、恒星の位置を決定するために用いられます。これまで恒星の位置は上記の子午環などを用いて決定されてきました。また、座標系は太陽系天体の観測から決定された春分点を基準にして決定されてきています。その積み上げの成果として得られたFK5星表が現在恒星の位置の基準として用いられています。一方、欧州宇宙機関が打ち上げた位置天文衛星Hipparcosにより、恒星の精密な位置や固有運動が求められました。ところが、Hipparcosより得られた位置とFK5の位置の間には系統的な誤差があり、それが何に起因するのかまだわかっていません。このことを明らかにするためには、両者の座標の比較をする必要があります。月は地球の周りを力学の法則に従って運動していますので、月との相対位置が精密にわかれば、月の軌道を基準とする恒星の位置を決定でき、それを元に互いの星表の比較をすることができます。天文学の基本となる恒星の位置決定という分野から、精度の高い星食観測が求められているのです。
また、星食観測は数百年前から、主として航海暦の作成や活用をするために、継続的に行われてきています。星食観測を継続することにより、月の運動や地球の自転など、様々な経年変化をとらえることができます。短期間の運用となる位置天文衛星などと異なり、いつでも、どこでも、どの時代でも観測可能であることは星食観測の大きな特長であり、今後も継続的な観測をすることが大切になります。
星食観測のもう一つの目的として、月の形状を精度よく求める、ということがあげられます。月の地表に対する相対速度は日本付近で平均700m/秒くらいです。ビデオ観測の時刻精度が1/30秒ですから、月の縁の形状を25m(フィールド単位の解析の場合は、12m)の精度で観測することができます。これは月探査機「かぐや」と同程度の精度になります。星の位置のところで述べたように、ここでも、地上からの観測を基準点として用いて検証することにより、探査機の観測精度を高めることができます。逆に、探査機により得られた精密地形を元にすると、恒星の位置を精度よく観測することができるようになります。
また、近年、重星の発見と観測について星食観測への期待が高まってきています。望遠鏡では分離できないようなたいへん接近した重星が月に隠されるとき、両者の間にわずかな時間差が生じます。このとき、一方の恒星が隠されると全体の光度が少し暗くなり、もう一方が隠されたときに星が消えます。グラフに描くと、階段状の光度変化を示すのです。これを観測するためには、かつては光電測光装置などの特殊な機器が必要でしたが、近年はビデオ画像を解析するソフトウエアが登場し、ビデオから光度変化の曲線が得られるようになりました。撮影したビデオから、重星を発見したり、重星に関する情報を得ることができるようになったのです。特に、同じ重星について、離れた2箇所で観測できれば、二つの星の位置関係を求めることができます。これらにより得られた結果は、IOTAの重星ファイルやWDS(ワシントン重星カタログ)に登録されます。
以上のように、星食観測は、主として位置天文という天文学の基本的な分野で、価値ある貢献をすることができるのです。